東京の朝は、なんだか湿っている。
実家の駅よりずっと大きな構内。
人も音も、ずっと多い。
田辺 芽衣(たなべ めい)、22歳。
社会人になってまだ3週間。
会社に着くだけで、ひと仕事終えたような気持ちになる。
上司の名前を間違えた。
エクセルの式を壊した。
声が小さいって、言われた。
部屋に戻ると、なんでもない洗面台の前にしばらく立っていた。
ふと、柚子精油を垂らしたコットンが目に入る。
数日前、友人に「香りって、体温みたいに残るよ」と言われて、思い出したように買ったものだった。
ふたを開けて、そっと近づける。
──ほんのすこし、酸っぱい。
けど甘くて、さわやかで、芯がある。
まるで、母が疲れたときにつくってくれたゆず湯のような。
芽衣は、その香りのなかで、目を閉じた。
失敗のことを思い出しそうになったけど、なぜか「ま、いっか」と思えた。
朝、アラームより早く目が覚めると、ひのき精油を一滴、木のアロマストーンに垂らす。
この香りは、しゃんとしていて、静かで、ちゃんとしている。
芽衣の中にある、まだ整っていない“芯”に近づく感じがする。
鏡に映った自分に、「大丈夫」と言ってみる。
ひのきの香りが背中を押す。
カーテンを開けたら、光が少しだけ春に似ていた。
がんばるためじゃなく、休むためでもなく、自分でいられるための香り。
それが、芽衣の夜と朝の習慣になった。
“香りで整える”が、毎日の呼吸になる。
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