「ズブロッカって、桜餅の香りがするんだよ」
そう言って、間宮 涼(まみや りょう)はグラスを差し出した。
吉祥寺の裏路地にある、小さなバーのカウンター。
この店にはメニューがない。
その日の気分と、涼の提案で酒が決まる。
出てきたのは、ポーランドのウォッカ「ズブロッカ」。
淡い緑のボトルの中には、1本のバイソングラス。
「バイソングラスの香りって、日本人には“桜餅”って感じることがあるんだよね」
涼はそう言いながら、あるものを取り出した。
──京都麻の葉の「桜七味」。
「これを直接、ズブロッカにふりかける」
客が驚いた顔をしたのを見て、涼は続ける。
「辛みはあるけれど、むしろ香りを立たせるための七味。桜葉、山椒、生姜、赤胡椒。“飲む桜餅”に、もう一層、香りを重ねるって発想」
桜七味の小瓶を傾け、涼はグラスの表面にひと振り。
ごく微細な粉と薄片が、ズブロッカの液面にゆっくりと広がる。
「主役は、香りとしての桜。ズブロッカの甘みに桜葉の赤唐辛子の風味が差し込む感じかな」
客はおそるおそる、グラスを傾ける。
まず香るのはバニラにも似たバイソングラスの甘さ。
次に鼻へ抜けるのは、七味に含まれる桜葉と赤唐辛子の刺激。
味ではなく、香りで押す一杯。
飲み終えたあとに、ふわっと鼻腔に残る余韻が心地よい。
「うどんにかける七味と違って、これは“香りをデザインする素材”なんです」
涼はそう言って、小さなボトルを指先で転がす。
バーという場所では、香りはときに会話より雄弁だ。
酒に七味?と笑われることもあるが、その意外性こそが、記憶に残る。
「“これ何?”って聞かれたら、もう勝ちなんだよ」
涼はそう言って、また別のグラスに、桜七味をひと振りした。
その夜もまた、“香りを飲む一杯”が、静かに生まれていた。
ウォッカに七味?…が、めちゃくちゃ合う。
→ 桜七味を見る
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