冷たい明け方の空気。
カーテンの隙間から、東京の街が青白くにじんでいる。
朝6時。
高梨 隼人(たかなし はやと)、29歳。
元システムエンジニア。
今は、マンションの一室にこもって生きるデイトレーダー。
画面の前に座ると、すべてが数字に変わる。
呼吸すら、板の動きに合わせてしまう。
自分が生きているのかどうか、わからなくなるときがある。
──だから。
一日の始まりには、必ず小さな儀式をする。
コンビニで買った冷凍焼き鳥を、魚焼きグリルで軽く炙る。
表面に香ばしい焦げ目がついたら、京都麻の葉の“炭七味”をひとふり。
黒炭パウダーと赤唐辛子。
それに、葉山椒と柚子の皮。スパイスというより、焦げた空気に芯を打つための香りだ。
負けた日も、勝った日も。
口に放り込んで、噛み締める。
炭の香ばしさに、微かに立ち上がる山椒の刺激。
ぼんやりした意識が、すっと一本にまとまる。
画面の向こうには、今日も答えなんてない。
正解は、誰も保証してくれない。
でも、この焼き鳥と七味だけは、いつも、同じ場所に戻してくれる。
勝っても、負けても。
隼人にとって、それはただの“結果”にすぎない。
本当に戦うのは、ブレる自分自身だ。
七味のピリリとした余韻が、胃の奥に小さな火を灯す。
今日も、席に着く。
炭の匂いを背負ったまま、誰にも見えない市場に、自分だけの手を伸ばす。
味覚も、気持ちも。“帰ってきた”を教えてくれる一振り。
→ 炭七味を見る
▼ デイトレーダー、高梨 隼人の「京都麻の葉 物語帖」
→ 柚子精油 × デイトレーダー|張りつめた朝に、ひとしずくの余白を
→ 麻炭お香 × デイトレーダー|灯す煙が、夜と自分をほどいていく