新宿・歌舞伎町。
キャバクラ「凛」でNo.2を張る桜 葉乃(さくら はの)は、料理をしない。
でも、卵焼きだけは、焼く。
それも、夜の終わり。
フードラストオーダーの時間帯、常連だけが知っている“裏メニュー”。
注文はない。
合図だけ。
「今日は、あれ、いける?」店の冷蔵庫には、専用の容器がある。
そのなかには、葉乃が持ち込んだ桜七味が入っている。
卵焼きに添えると、湯気のなかでふわっと香る。
卵焼きにふりかけると、まず香るのは、桜葉のふんわりと甘く青い香り。
そのすぐあとに、げんこう──乾かした柑橘の皮が軽やかな酸味を運ぶ。
最初は男性客が多かったが、今は女性の指名も増えてきた。
「これ、どこで売ってるの?」
「私の名刺の裏、見て」そう言って葉乃は笑う。
名刺の裏には、小さく“京都麻の葉”のロゴとQRコード。
「味じゃないの。香りが記憶に残るのよ」
週末の夜、酔いも会話も尽きたあと、ふと卵焼きの香りを思い出す。
“あの店”を、思い出す。
葉乃は、自分を売らない。
七味を売る。
けれど、それはきっと、もっと奥の自分の“記憶”を売っているのかもしれない。
“味”より先に、香りが記憶に残る卵焼き。
→ 桜七味を見る
▼ キャバクラ嬢、桜 葉乃の「京都麻の葉 物語帖」
→ 柚子精油 × キャバクラ嬢|柚子の一滴でスイッチを入れる
→ 麻炭で薫る癒しのお香 × キャバクラ嬢|煙が静まるころ、私は“夜”を脱ぐ